阪急電車 2 。
試合を終えた沖縄遠征、帰りの飛行機での事だった。
黒髪ショートカットの似合うスラッとしたCAに声を掛けられたのだ。
普段、CAから声を掛けられると言えば、「お飲み物はいかがですか?」か「着陸態勢に入りましたので、リクライニングを元の位置にお戻し下さい。」ぐらいである。
その日 康暢が手にしていたのは、母から薦められた一冊の本だった。
実を言うと康暢は、本を読む。という行為自体があまり好きではないのだが、人から薦められた本は読むようにしているのだ。
「私、その本に出てくる仁川駅の生まれなんですよ。」
CAが康暢に話しかけたのは、いつもの決まり文句ではなく、彼が手にしていた『阪急電車』という本についてだった。
本を貫通して差し込んできた そのCAの投げかけに驚きながらも、康暢は冷静を装って「僕は大阪の出身なんで、阪急電車にはよく乗っていたんですよ。」と返しながら、頼んでいた りんごジュースを受け取る。
本さえあまり読まない康暢が、本について話し掛けられ、しかもその相手がCAとあれば、動揺もしてしまう。
あんな月並みな返答で良かったのだろうか...。
そんな事を考えながら、本を読み進めていると、先程のCAが、紙コップを回収しに近づいてくる。
何か気の利いた言葉でも返したい。
だが、何も浮かばない。
「この本、面白いですよね。今度 帰阪したら、暇を作って仁川あたりへ遊びに行ってみますね。」
と言いながら、こっそりと電話番号を書いておいた紙コップをCAに手渡す。
それに気づいたCAは、軟らかい表情で軽く会釈して任務に戻っていったのである。
二週間後、連休を利用して帰阪する際に、神戸空港行きのチケットを取ったのは、阪急電車を利用して、仁川駅へ向かうためだ。
仁川駅と言えば、阪神競馬場の最寄り駅である。
その日、車内は、予想以上に混んでいた。
競馬開催日なのだろう。
仁川駅に着くと、ドドッと乗客が足早に降りていく。
康暢はその流れには乗らず、ゆっくりと改札口へと向かう。
改札を出ると、そこには女性が独り、立っていた。
薄ピンクのシャツに、タイトめなジーンズ、それにスニーカーを合わせた ラフな格好だ。
そう。飛行機で出会ったCAと その後連絡を取り合って、二人で競馬場へ行こう。という事になっていたのだ。
彼女とは あの時以来だったため、どこかよそよそしく、周りから見ると二人は、知り合いにさえ映っていなかったに違いない。
なにしろ、二人の間に空いた微妙な隙間を 阪神競馬場へ向かう人々が、せかせかと通り過ぎていくのだから。
それを理由に康暢は、彼女の手を握りしめた。
その後の事は、何も覚えていない。
「本の内容とは少し違うのね。」
「ほんまやな。たしか 本やったらこんなとこで終わらんもんな!?」
今 僕のお気に入りの赤いソファーに腰掛け、DVDを一緒に見ているのは、その時の彼女だ。
あの時買った馬券は ひとつも当たらなかったが、康暢は『まり』と言う名の万馬券を当てていたのであった。
出会いは突然。
いつどこで誰と、人生が重なり合うかはわからない。
出会っても、すぐに流れてしまうものもある中で、太く短くあるものもあれば、細く永く続いていくものもある。
今までの、そしてこれからの出会いに感謝し、大事にしていきたい。
この先もずっと。






