コニスポ!

Masahito Konishi [tailor]

BESPOKE TAILOR DMG,Made to
Birthday : 1969/7/29
Hometown : Osaka Japan
2010年3月

2010/03/08

ヒノクニに…

生まれて初めて火の国熊本県に来ました。


お隣宮崎にはしょっちゅう行ってるのにね~

しかも内柴選手が合宿している阿蘇に納品と出張オーダーにプチオーダー会となりました。


Hino1


阿蘇の景色は誠に素晴らしいですね~
あんな山肌を間近に見たのは初めてでした。

九看大柔道部監督の丸山さんに熊本駅までの往復を車で送迎して頂き、帰り熊本城も一周してもらった。丸山さん有り難う御座いました。

あんなに綺麗な武者かえしを見れたのは感動でした。本当に素晴らしい。
加藤清正は武者かえしをはじめ戦国の城としての完璧な城作りをした。
だから徳川幕府に睨まれて、次の代には様々な理由をつけられ改易されてしまう訳だが、その素晴らしい城は後世の我々には感動を与えてくれるのだねぇ

次は絶対に中に入りたいなぁ

お土産に武者かえしというお菓子まで頂いた。

火の国の男の男らしさが少し理解出来た。

熊本城、武者かえし、高菜飯、馬刺、内柴選手

やはり何だか全て男らしい。

九看大女子柔道部と内柴選手に栄光あれ

女子柔道部開設誠に内柴選手おめでとう御座います


Hino00


2010/03/07

例の制服のジャケット&パンツ その3

例えば学校の制服だと男女は別々の制服ですが、オリンピックでは男女共に同じような制服になります。


これは同じ服装を着ることでの集団の一体感の意識や愛国心を持つべきという言わば国家の威信のようなものではないでしょうか?


ということで考えて行くとコシバキ選手は国家に反抗したことになります。

軍事国家時代の日本は服装を乱すだけで処罰されました。戦後から現在の学校では服装チェックがあり内申書にひびきます。(笑)

何かそんな国的体質を引きずっているようです。


彼がやり玉にあがった理由を最も簡単に説明すると

制服を崩している不良男子学生が、朝礼中に先生に見つかり注意もされないまま無理矢理全校生徒の前に立たされたことで、ちょっと不機嫌な態度をした。それを見ていて気を悪くした学生や先生などの周りの人達からイジメを受けた。そしてこれ以上ことを大きくしない為に、担任と不良学生は誤った。
これなんかも校長か教頭が何とか出来そうな問題であるのも同じなのです。

服装に対する考えが国際社会と学校とで同じであり、どちらも何でそんな服装したら悪いのかをしっかり説明出来てないというのが問題なのです。


また私共の仕事にも少なからず関係することで、今回のオリンピックの制服を語りますと、まずコシバキ出来るサイズを選手に渡したことがいけないと思います。

採寸してるとしたら採寸ミスで、既製品からのサイズ割りだと大きいサイズを渡していることになります。

また他の選手の制服を見ても全体的にゆったりしていますから、日本代表の制服は国際的基準よりは、多分ゆったり目のサイジングなのですね。また個人的な意見ですが日本代表のワッペンの位置の低さも何か弱々しくだらしなく感じてしまいます。。

英国の大抵の父親が息子の服装にうるさく意見するのは、人前に出る格好とはサイズを合わせることだと理解しているからです。

仮にその息子がヒップポップスターになり、タボダボな服装をしていても、女王陛下から勲章を貰う時には父親からの小言を思い出し、父親を偉大だと思うことでしょう。
最も今のヒップポップのファッションはジャストフィットが流行りらしい。(笑)

2010/03/06

例の制服のジャケット&パンツ その2

まずオリンピックの開会式で着用されているものには大きく分けて2つがあります。


1つは国民服、人民服などのその国民の正装及び平服とされている服です。

2つ目は西洋式正装及びそれに準ずる形の略礼型のジャケット&パンツのいわゆる制服です。


何故オリンピックの式典においてそういう服を着るのか?ですが


世界平和と国々単位での相互理解というテーマを基にした服装と考えた時に、まず国単位で服装を合わせて何処の国の選手であるか分かるようにする。
ということが大前提になりますから国単位で服装を決める必要があります。


次に参加する各国の方々に対して誠意や敬意を払うということを考える服装

つまりマナーを前提にした服装が重要となりますので、服装からはじまり礼儀作法なども尽くすことが重要なのです。だから制服が必要とされるという考えになります。


詳しい正装や制服について、もし皆様がお知りになりたければ、紳士服「かたち」と「こころ」というタイトルの川渕勉氏の本などはとても参考になるでしょう。


また日本について考えると、明治の初めから西洋式の洋服を採用し、それから140年以上も英国を発端とする西洋式の正装及び制服が依然として続いていますから現在でも同じく考えるべきでしょう。

オリンピックという「国際社会」のイベントとして考えるならば、晴れの舞台の開会式で、コシバキ選手はちゃんとした服装をして出席すればそれはそれで良かったと私は思います。


仮にコシバキ選手の意志では出席が無理だとしても、総理や国のトップが日本の団長に伝言でも、メディアを通してでも良いから「正当な着方で開会式に参加すべし」と彼にそれを伝えられたらその選手は参加出来たし、ちゃんとした服装をしていたのではないでしょうか?

こんな話で、オリンピックに政治が介入とかゲスな話は抜きにして…またひょっとしたらそんなこと言ってたら総理の人気が上がったんじゃないかな?…というゲスな話で話題をそらしてスイマセン(笑)
ただここでジェントルマンシップを実行することで、リーダーシップを国民は感じれた可能性はあるような気がします。

正装というキーワードで一番大切なことはジェントルマンシップであり、これに近い事項で言うと、子供の間違った服装を親が注意してそれを正すということです。


オリンピック後に総理がメダルを取った人と正式に対話することも大事ですが、そんなアドリブのきいた服装アドバイスがあっても良いことだと思うのです。


もっと言うと空港で注意しきれなかった仲間の選手団様やその役員様、カメラで撮りつつネタにしたマスコミ様
勇気はかなりいることかもしれないけど、同じ国の人間だったらカメラ撮ってスルーするだけじゃ少し冷たいというか、淋しいことなんじゃないかなと?


確かにコシバキ選手はちょっと口悪そうで、怖そうだけど~少しの勇気があれば何か指摘してあげても…とおもいます。その勇気ある発言はジェントルマンシップです。


ただ彼のその後のマスコミに対する言動が悪かったので…それでマスコミ様や国民の気を悪くしたのは間違いないでしょう。

でもだからといって競技前の選手を攻撃するのも多少意地悪な気も致します。この辺りはまたその3の部分で…

もし仮に空港でコシバキ選手を見て絶句した外国人や外国人記者が居たとしたら、それはやはり誠に残念な話ですし、後の祭りかもしれないけど、事実は事実として前向きに考慮して、本番の式典には失敗せぬようにということで、彼には厳重注意で良かったのではないでしょうか?

次にオリンピックに必要な理由以外の国内的な目線での制服論を考えていきます。

事件が大きくなったポイントはまさにココなんでしょう。


そしてまた新たに私的な視点で制服を製作する側からもこの件を考えていきたいと思います。

その2終わり
3に続く

2010/03/05

しんかんせんでいかんせん

コニログからこっちに来ました「しんかんせんでいかんせん」

意味分からないでしょうが、簡単に言うとしんかんせんでついてないことなどを書く感じです。


何と6時発の博多行きにおよそ17M遅れで乗れませんでした。あと三秒あればなんとか間に合ったのに

東京行きのホームなら改札から近いから確実に間に合ってたんです。

博多方面に行く時は階段あるし、本屋の前には人多いし当たりそうなるやろ…

次ののぞみ7時12分やから1時間以上待っても全然音沙汰ありません。
米原で停電があり15分遅れてるとか…うわぁついてないよねぇ~イケてないよねぇ

熊本までの乗り換え間にあわへんがなぁ!

ちょっと車掌さんに文句言いながら…

博多には五分短縮の10分遅れ
乗り継ぎ待ち時間は12分

走った走った荷物デカイが2分で六番乗場に移動し、何とかかんとか間に合った。六番近くて良かったけど、この事態を巻き起こしたしんかんがワルイのだ。


そんなしんかんせんでいかんせんリリオバージョン

リリオの地元博多に愛を込めて